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「死にに生く」☆3
2008.09.25 13:22 Thursday
「死にに生く」☆3
「思考」がギブアップしたら、

そこまで煮詰まって、二進も三進もいかなくなったら、、


頭がストップして、覚悟ができて、

やるべきことを淡々と活動できる。


ぼくにとって「疲れること」はなんかとっても怖いことで、、

だから、「死ぬつもりで、日々、生きて行きたいと思う」

そう覚悟できたら、頭がストップして、勝手に体が動いてるんだよね。。


疲れること、、受け入れてるんだよね、、この状態って。。

生きること、あきらめてるから。。(笑)


ホント、パラドックスとはよくいったものだ。


私、、生きること、、あきらめます!

これからは、、生きることに行き詰ったら

死にに行きます!!

死ぬ覚悟をして、
少しでもナチュラルに生きてみたいです。。

(私の「普通神経症」とのお話に
 長々とお付き合いいただき
 ありがとうございました。。 おわり。。^^;)
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【2008/09/25 14:00】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「覚悟をする」☆2
2008.09.25 13:19 Thursday
「覚悟をする」☆2
「覚悟をする」

その状態は、生半可な状態ではたどり着けない。。

私など思考が大好きだから
ああだこうだと考えて、、
結局覚悟に中々たどり着くことができないのだ。

でも、何年もずっとグルグル思考と一緒に居ると、、
不安や恐怖、不満などに対する我慢も限界に達してきて

「もう!どうにでもなれ!」って思うときがやってきたことが
私には過去に2度ほどある。
(一度は夫の失業。。一度は最近の母の病の時。。)


その心理状態を言葉で表現するのは実に難しいのだが

とにかく、「思考すること」を自我が放棄する。
頭が止まって、現実の中で淡々と動くようになる。
という感じ。。


そして私が覚悟を必要とすることはいつも同じ。

「もう!死んでもいい!」という覚悟。。(爆)

私は動くことが死ぬほど怖い。。
これが私が生きることの一番の足かせと
なっていることは言うまでもないのだが

そうわかっていてもどうしようもできないから
ずっと苦しんできているわけだ。。^^;


私はとっても臆病で慎重で完ぺき主義な
性格だからかもしれないが

人が感じる普通の疲労や違和感を
異常なものとして排除しようとする傾向が強い。

「完璧に快適な体の状態を求める欲求」が
とっても強いのだ。

強すぎて現実的でなくなって
「あるのが普通」なのに
「あるのは異常」と思って永遠に苦しみ続ける。。

(これが神経症の簡単なからくりと
 言ってもいいと思うが。。^^;)

そんな私にとって
「疲れてもいい!」とは「死んでもいい!」と

同様の意味を持つほどの現実で。。
(大げさでどうもスンマソン。。^^;)

でも、絶対死にたくない!
とっても快適に生きたい私にとって

「死んでもいい!!」なんて覚悟することは
本当に真逆の究極に怖い選択で。。

だからこそ、本当のピンチに陥らない限り
私はこの「疲れてもいい!!」と開き直ることはできない。

だから、それこそ高校以来
20数年この状態が続いているのだが。。

でも、、そんな強い自我ちゃんからも
私もそろそろ解放されたい!!と思ってきた。
(って遅すぎ??^^;)


だから、もう、覚悟をしていこうと思います!

もう、、私は死んでもいい!!

死んでもいいから、やりたいことやって死にたい!!

疲れる覚悟をして、死ぬ覚悟をして、、
グルグル不安や恐怖に支配される頭をストップして

今という瞬間を濃密に生き、死んでいきたい!

死ぬことは怖いけど、、本当に怖いけど、、
やりたいことせずに死ぬ方がもっと辛いと思ったから。。

どうせ同じなら、やりたいことやって死にたいと思いました!

(何だか意味不明な日記でスイマセン。。^^;)


【2008/09/25 14:00】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「自我」と「疲れ」
2008.09.25 13:17 Thursday
「自我」と「疲れ」
最近、何となくモヤモヤしていて。。

でもその原因がどうにもつかめなくて
悶悶としながら暮らしていたら

ようやく原因が見えてきた~^^;


私は色んな神経症の傾向を持っているのだが

「疲れてはいけない!!」

という無意識の観念をまた持ち続けて

心の中に常にブレーキをかけていたため
それが「心の違和感」となっていたようだ。。^^;

この自我ちゃんは、、私の三大自我ちゃんの一つで
油断してると、すぐに同化してやられちまってる。。

でも、こうやって気づくことができたことだけでも
私にとっては大きな前進なので、
その部分はたくさん自分を褒めてあげよう。。(笑)


それにしても、24時間「疲れてはいけない!!」って
思い続けてて。。

これって「生きるな!!」って言ってることと同じだよな。。^^;

だって、「生きること」って、「疲れること」とも言えると思うし。。

私は人一倍「生きたい!」と思っているからこそ
「ちょっとでも疲れたくない!快適に生きたい!」
と思っているのに

だからこそ「生きること(疲れること)を拒否している」
という不自然な状態を作り出し

心でいつも苦しんでいるのかもな、、^^;
これも実に皮肉なパラドックスと言えるのか。。

「生きていたい」のに「疲れてはいけない」

それは正反対の観念を同時にもっているということで
それは、、私の心さんも、、居心地悪いやろな、、^^;

アクセルとブレーキを一緒に踏んで進んでるようなもので

考えただけでも、何か、、変に居心地悪る~(^^;)


「疲れてはいけない!」の観念の浄化と一緒に

疲れる覚悟をして、死へ向かって生きてみたいと思った。

(大げさな表現で恐縮ですが^^;
 私はそれほど、疲れるのが怖いのです!爆
 その理由のあれこれについて。。つづく。。)

【2008/09/25 13:59】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
私の自我の怒り
2008.09.22 14:08 Monday
私の自我の怒り。。

ドクターに優しくしてもらえなかったことで
私の自我が怒った原因は。。

「私は正しい!!」

という観念を私の自我が強くもっていたからだと気づいた。

「私は間違っていない!!」

とあまりにもあたり前にその観念をもっていたため

「先生は間違っている!!」

と決め付けていることにまったく気づかなかった。。^^;


「怒りの炎」は

私の自我が作っていた!

「先生は患者に優しくするべし!
 きついこというのは悪!優しいのは善!」

という観念のため、生まれていた感情だったのだ。。^^;


「もとは自分から。。」

本当にその通りだ。。(唖然。。^^;)

人間関係って。。
自分の中の無意識の観念を
知る本当にいいチャンスなんだな。。


私の自我が今日の発見で一番驚いたのは。。

無意識にせよ「私は絶対正しい!」と
思っていたことに気づいたことだ。。(爆)

右往左往ぐるぐる浄化の旅はこれからも続く。。(笑)

【2008/09/22 13:58】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
トラウマと向き合う
2008.09.21 18:23 Sunday
「トラウマ」と向き合う

先日メンタルクリニックの
診察があったのだが
診察で泣いてしまった(>0<)。

医療制度のことを
主治医に聞こうと思って口に出したら

大きな声で責め立てられるように
非難されてしまったから。。

そのときの非難のされ方に
どうも納得いかない私の自我は
悲しいやら、腹立たしいやらで
大いに暴れている。。(シーン。。)

このままでは自滅してしまうので
ちょっと内観してみようと思う。。^^;


私の自我は小さい頃からのトラウマで
「男性に大声で責められるように話される」
のがとっても怖い。

この態度をとられると
「ヒトラーと奴隷」のような関係がよみがえり
瞬時に身動き取れなくなるのだ。。^^;

とりあえずここで今思いつく観念は。。


・人に自分の意見を言うと、徹底的にいじめられる
 ↓
・いじめられるのが死ぬほど怖いので、自分の意見を言ってはいけない
 ↓
・自分の意見を言うと、相手に心を殺される。


これ。。書いてるだけで心臓痛い。。^^;

でも、、世の中には善悪はないのだから、、

私の自我は

「え~~!
 いじめられることが悪くないなんて!
 そんなことあるもんか~!」

って大きく反応しているけれど

思いつく観念を書き出して
たんたんと浄化してみよう。。^^;


いじめられるべきではない
いじめられることは悪いことだ
優しくされることは良いことだ
いじめられることが怖いくて嫌だ!
(いじめられる自分を許します!)

相手にいじめられると心がとても傷つく
心が傷つくことは悪だ
心が楽しいことは良い
心が傷つくことは許せない!
(自分の心が傷つくことを許します!)


患者に大声で話すべきではない。
大声で話すことは悪いことだ。
優しく話すことはよいことだ。
大声で話す自分を許せない!
(大声で話す人を許します)

患者に責めるように話すべきではない。
責めるように話すことは悪だ。
褒めるように話すことは良い。
人に責めるように話す自分を許せない!
(責めるように話す人を許します!)

患者にはいつも優しく接するべきだ。
患者にいつも上から目線で接する医師は許せない!
患者に上から目線で接する医師は悪だ
患者に謙虚に接する医師はよい。
(患者に上から目線で物を言う医師を許します!)


自分の意見を相手にぶつける自分が許せない!
自分の意見を発言することは悪いことだ
自分の意見を冷静に話せることは良いことだ。
自分の意見を相手に大声でぶつけるべきではない!

ー理由ー

相手を怒らせることが多いから

相手が怒ると、私も怒ってしまい
「そんな怒りをぶつけ合うのが私は嫌いだから」

だから、それくらいなら衝突するであろう意見を私は言わない。

「大人気ない人も、大人気ない自分も許せない!嫌い」

しかし、、
・相手を怒らせることに、良いも悪いもなく。。
・私が怒ることに、良いも悪いもない。。

・自分の意見を言うことに、良いも悪いもなく。。
・自分の意見を言わないことに、良いも悪いもない。。

・大人気ない人に良いも悪いもなく。。
・大人気ない自分に良いも悪いもない。。

・嫌いな感情もしかり、、
・好きな感情もしかり、、

私の中にいるたくさんの自我ちゃんは、、
やっぱり自作自演して、
勝手に苦しみ、勝手に喜んでいるのか!?

あの、胸を塞ぐような、心の痛み。。
人に怒鳴られること。。

これらも全部、大したことじゃないのか?
そうなのか?(笑)


こうやって私の自我が大きく抵抗することは
そこに大きな大きな観念が隠れている証拠。。

やはり、怒りを感じさせてくれたこの先生にも
私の中の私に気づかせてくれた。。ということで
感謝しないといけないのだろうな。。^^;

【2008/09/21 13:58】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「羨ましい」という感情
2008.09.15 11:07 Monday
「羨ましい」という感情

自分とは違う個性の友達を
「羨ましい」と思うのはなぜだろう?

私は「自分が持っていない個性」を
持っている友達を
ずっと羨ましいと思ってきた。


結局、私は善悪の観念を
その友達にたくさん発揮していて

彼女にたくさんのラベルをはり
自分と区別して
「羨ましい」と勝手に
思い込んでいたのだろうか?


その「羨ましさ」をあげてみると。。

・彼女は、とても美人で羨ましい。
・彼女は、賢くて羨ましい。
・彼女は、人に流されず、自分をしっかりと持っていて羨ましい。
・彼女は、そつなく人間関係をできて羨ましい。
・彼女は、社会の中でうまく立ち回れて羨ましい。
・彼女の、人がどう思おうと、自分を貫く強さが羨ましい。
・彼女の、あまり悩まないで、自分を愛している姿が羨ましい。
・彼女の、他人にあまり興味がないところが羨ましい。
・彼女の、いつも動じない心が羨ましい
・彼女の、とても強い心が羨ましい。


「強迫観念」

・美人でない自分は恥ずかしく許せない!
・賢くない自分は恥ずかしく許せない!
・人に流されて、自分をしっかりと持っていない自分は許せない!
・人間関係が不器用でうまくできない自分は許せない!
・社会生活から脱落し、社会不適合者になった自分が恥ずかしく許せない!
・人にどう思われるかがとても気になり、
 自分を貫けない潔くない自分が許せない!
・うじうじ悩んで、自分を愛せない自分が許せない!
・人のことばかり気にしている自分が許せない!
・いつも心揺らしている自分が女々しく許せない!
・ああだこうだと思い煩う臆病な自分の心が許せない!


「善悪の観念」

・美人は良い
・不細工は嫌だ

・賢いは良い
・バカは恥ずかしい

・恥ずかしいは悪い
・淡々としているのは良い

・自分に自信がないことは悪い
・自分に自信をもっていることは良い

・人に流されることは悪い
・人に流されないことは良い

・器用はよい
・不器用は悪い

・そつなく社会生活を送れることは良い
・社会不適合者は悪い

・女々しいことは悪い
・潔いことは良い

・自分を貫く強さのあることは良い
・自分がなく優柔不断なのは悪い

・人に執着しないことは良い
・人に執着しずぎることは悪い

・あまり悩まないことは良い
・うじうじ悩むことは悪い

・自分を愛していることは良い
・自分を愛せないことは悪い

・自分を責めることは悪い
・自分を肯定していることは良い

・不動の心は良い
・敏感な心は悪い

・とても強い心を持っていることは良い
・とても弱い心を持っていることは悪い

・臆病なのは悪い
・自信があるのは良い


これらの善悪がすべて幻で
基準なんてどこにもないものだとすると。。
何が残るのだろうか?

良いとか、悪いの基準を超えた
「ただのその人の個性、本質」
というものが見えてくるんだろうか。。

容姿がどうのとか。。
性格がどうのとか。。

そんなことは良い悪いの問題ではなくて
その人が世界でたった一人だけ
持っている尊い違い。。

その素敵な違いのある
それぞれの自我たちを
ありのままに受け止めて

その自分を全部愛しながら
自分らしく生きられたらとっても素敵だろうな。。

これからも少しでも自我ちゃんの
無意識の声から自由になって

いつか「本当の自分」に
没頭しながら暮らしてみたいな。。


最後に
「人を羨ましいと思ってはいけない!」
という強迫観念の
許しと善悪の観念の浄化をして

(・人を羨ましいと思い妬む自分が許せない!
 ・人を妬むことは悪いことだ
 ・人は人、自分は自分と思えることは良いことだ
 ・自分に自信があることは良いことだ
 ・人と自分を比べないことは良いことだ。。など)


たくさんある自我の一つ一つを
受け入れながら
また少しずつ歩いていこう~♪

【2008/09/15 13:57】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
私にとって完璧という概念
2008.09.15 10:59 Monday
私の自我の「完璧」とは。。


安達さんに

>「完璧でなければならない!」
>なぜ、そう思うの?

とありがたくもコメントいただいて
私の自我が考えたものです。。

*********

私の自我にとって「完璧」とは。。

「彼女のような女性であること」

だったことがわかった!(笑)


彼女とは。。

容姿が美しく。。

賢く。。

人間関係もそつなくこなす。。

そしてなりより内面が

「何があっても自分を失わない」

「心が動じない強い心を持っている」

「他人に併合しない芯の強さ」

「自分の意見をはっきり述べる」

こうゆう「性格」が私の自我と
正反対の特性を持っていたため

彼女と接すると
「自分のない部分」
(=欠けていると自我は思っている)

が刺激されて
強い劣等感や、競争心が芽生えていたこと。。

彼女以外の友人には
ここまでの「ストレス」は感じなかったので

やっぱり彼女がとってもうらやましくて
「彼女のような女性は完璧」
と自我が思い込んでいたといういことなのだろう。。


私の自我にとっては
「彼女のような女性」が理想なんだな。。

とっても憧れている様子。。(笑)


これも、世の中の思い込みなのか!?

「理想の女性」なんてないんだもんな。。

「欠けているもの」なんて
自我ちゃんが勝手に作り出しているだけ。。

そもそも人間は
「個性という違いがあるだけで
 誰もが完全体」であるのだろうし。。


・「理想的」であることは良い
・「不完全」であることは悪い

私の自我が作った「理想」という観念から
自由になれたらとっても楽そうだな。。(笑)

【2008/09/15 13:56】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「完璧」という概念
2008.09.09 10:18 Tuesday
「完璧」という概念

「完璧」!

「完璧な人なんていないよ?」
と友達に言われ。。

私の自我の胸に
グサグサ重たい気持ちが刺さってきた。

これは。。よほどの観念があると見える。。^^;


私の自我は「完璧」を求めることが大好き!^^;


本当はもうそのありのまんまの
存在だけで完璧なのにね。。

求めれば求めるほど
心の平安からは遠のいていく~。。

そんなことを私の自我が考えながら
そこにある観念を挙げてみると。。


「完璧でなければならない!」
と強固に思っていることを発見!

人は完璧でなければならない!
友人も完璧でなければならない!

完璧でない私は許せない!
完璧でない友人は許せない!

完璧は絶対良い!
いい加減は絶対悪い!


こんな観念もってたら。。
そりゃ。。苦しいわな。。(;ー;)

完璧、いい加減に、良いも悪いもないのに。。

そんな基準なんて
この世の中にはまったくないのに。。

本当にたくさんの観念に縛られてる
私の自我ちゃんを感じる。。


とりあえず、今はここの所
しっかり浄化していってみようと思う。

これからもコツコツと
一つ一つ観念を見つけて
いつか平穏な私の青空で
のびのび飛んでみたいな~。
【2008/09/09 13:55】 |  テイクオフコース日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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